ジブリ映画「千と千尋の神隠し」に込められているメッセージとは?

この世界には名作といわれる映画が数多くあります。
様々な映画がありますが、映画をどういう気持ちで鑑賞しますか?
そもそも娯楽なので、人それぞれの楽しみ方で鑑賞するものですが、
私はその映画を通して何を観客に伝えようとしているのか、作り手のメッセージを考えながらの鑑賞が好きです。
有名な監督は数多くいますが、私は宮崎駿監督が制作するジブリ映画の大ファンです。
なぜなら、どの作品についても強いメッセージが込められており、手を尽くして制作されていることが伝わってくるからです。

そこで今回はジブリ映画の名作のひとつである千と千尋の神隠しについてお話したいと思います。
千と千尋の神隠しを観たことがありますか?
映画公開時に記録的な大ヒットした作品で、映画公開後も人気は衰えることなく何度もテレビで放送されているのでご存じの方も多いのではないかと思います。

あくまでも私個人の見解ですが、この作品は宮崎駿監督の強いメッセージを感じた作品です。
これからの社会を担っていく子供たちと、今の大人たちに向けてのメッセージがいたるところに散りばめられていると思います。
子供たちには「あなたたちは大丈夫、なんだってできる」ということ。
現代の子供たちの事を、大人たちは「ゆとり」「根性がない」等指摘をしますが、そんなことはない。
千尋が成長していく過程から、子供たちの中に眠る潜在的な能力に気付いてほしいという願いが込められていると思います。
主人公の千尋は、親に甘えて育ち、自分で何かしようという野心がありません。
もちろんそんな子供たちだけではありませんが、今の若者を表していると思います。
様々な試練を通して千尋は次第に成長していきます。そして周りの人たちもそんな千尋の事を認めてくれるようになります。
前を見ることを避けていた千尋が前しっかり見て歩いて行くシーンには感動します。

そして大人たちには、警鐘を鳴らしています。話の中で親たちはブタにされてしまいますが、
それは社会に飼いならされている現代社会を表現しているのではないかと感じました。
千尋の両親は本来なら考えられないことである、お店の人がいないのに料理を食べ始めてしまいます。
まさに常識がないと言われている大人たちへの警鐘だと感じました。
私は街中で非常識なことをする大人たちを見るとふとこのシーンが過ります。
現代の人々は目の前に起きることばかりに捕らわれて周りが見えていない。
今の子供たちは、今の社会は大人が作ったもの。
大人たちは捕らわれている状況からの脱出、子供たちには今に違和感を感じ、立ち上がって欲しいと伝えたいのではないかと思います。

親たちは自分たちの子供が生まれた時、願いを込めて子供に名前をつけます。
でもそのことを子供たちにきちんと伝えることが出来ているでしょうか。
千尋は名前を取られて一時は湯婆婆に支配されてしまいます。
それは名前の大切さ、生きること、存在することの大切さを忘れてはいけないというメッセージが込められていると思います。

他にも多くの意味が込められたシーンがあります。
まだまだ未熟者な私では読み切れてはいないことも往々にしてありますが歳を重ねていく度に作品を見てその時の自分が感じ取る感覚をこれからも楽しみたいと思います。
宮崎駿監督が伝えたかったことを考えながら是非観ていただきたいお勧めの映画です。

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